ウミガメ愛は、ふるさと愛。子どもたちに伝えたい
絶滅危惧種のウミガメ。世界で8種類いるとされ、中でもアカウミガメは、北太平洋エリアでは日本でだけ卵を産むそうです。
日本列島でアカウミガメが産卵のために上陸するのは千葉県以西の太平洋沿岸で、日本最大の産卵地は鹿児島県の屋久島。
ただ、一部の“変わりガメ(?)”が、大分県国東市の海岸にもやって来ます。
「奇跡的ですよ。大分と愛媛の間にある豊後水道で最も狭い部分、豊予(ほうよ)海峡を抜けて、わざわざ国東までやって来てくれるんです。もうほんとに我が子のようで、ただただ愛おしい…」
激熱のウミガメ愛を語るのは、海原明子さん。ウミガメ保護に取り組むNPOで働き、ウミガメが安心して産卵できる環境づくりのための海岸清掃や現地調査、確認した卵の保護などを行っています。
大海原(おおうなばら)からはるばるやってくるウミガメを我が子のように迎えるのが海原さん、なんて、まるで名前が使命を表しているかのよう。
(↑)海原さん
そして、そんな“ウミガメの母”に、「彼女がいてくれるからこそ私は頑張れる」とまで言わしめる相棒が石濱ひとみさん。海原さんより20歳も年下ながら信頼は厚く、環境保全に関する活動はほぼ一緒に動いています。
(↑)石濱さん
2010年に設立された「手と手とまちづくりたい」は、ウミガメ保護を切り口に、誰もが参加できる海岸清掃を通じて、ふるさと国東をより良くしていくことを目指す団体です。地元の小学校や高校、企業と連携して海岸清掃を行うことも多く、海ごみ削減に向けた啓発活動にも積極的に取り組んでいます。
学校での環境学習やウミガメに関する授業は既に定番化しており、二人はすっかり「ウミガメの先生」。高校では全学年を相手に教えるので、教室で学んだ後日にウミガメ上陸地の海岸で清掃活動をする際には、300人以上の生徒らが参加することもあるそうです。
(↑)学校でのウミガメ授業
海原さんによると、「私たちのウミガメシーズンは4月から10月」。
ウミガメが実際にやって来るのは初夏ですが、ウミガメが来るまでに徹底的に砂浜環境を良くしようと、4月から海岸清掃に精を出します。ウミガメはかなりデリケートで、ごみが無い綺麗な海岸じゃないと上陸しないんだとか。
「4月から毎日午前中は浜にいます。長さ60km近くありますが、5月の連休が終わるまでにすべて見回って、卵を産みやすい環境かどうかを確認します。ごみを拾いながらなのでけっこう重労働で…『今年は(熱中症で)倒れないぞ!』と気合いを入れてパトロールしてますよ(笑)」
そして5月中旬になると、明け方の朝4時過ぎから海岸を歩くのが日課に。ウミガメが上陸した跡を探し、産卵巣を発見するためです。見つけた卵が海に近すぎる場合のみ、波にさらわれないように別の場所に埋め直したり(※やみくもに卵を移植することが保護活動なのではありません)、踏まれる可能性がある場合は柵を作って守ったりします。
産卵シーズンは5月中旬から約3ヶ月ですが、孵化には産卵から60〜80日間かかるため(※砂の積算温度で決まります。温度が高ければ早くなり、低いと遅くなります)、8月中旬に産卵した場合は、子ガメが生まれて海へ旅立つのは10月中旬前後。だから海原さんたちにとってのウミガメシーズンは、10月までずっと続くのです。
「足跡を見落としたりすると卵が流出してしまうこともあるので、気が抜けません。確実に足跡を見つけて早急に対処しないとだめ。大変なんですが、せっかく来てくれたウミガメの新しい命を何としても自然に帰すんだ、という想いでやってます。海へ帰っていく子ガメの姿を見ると、すべての努力が報われる。見送りの瞬間は、もう喜びでしかないです」(海原さん)
(↑)ウミガメの卵を保護している様子
「手と手とまちづくりたい」の清掃活動で回収するごみの量は、年間約800kg。国東市や大分県、企業など協力機関が増えたことで参加者も増え、これまでにのべ約1万人以上が参加しました。
地域にじわじわと広がる、ウミガメ保護と環境保全の輪。
その熱の発生源は、石濱さん曰く…
「海原さんですね。実際に私も、海原さんのウミガメ愛が伝染してすっかりライフスタイルが変わって、海岸清掃や環境教育や、これまで関心があるだけで何の行動も出来なかったことを実行できるようになりました。共感してくれる人が増え、今この地域ではたくさんの人がウミガメのために砂浜のごみ拾いをするようになりましたし、なるべくごみを出さない意識も根付いてきたと思います。ふるさとの自然を残す取り組みを、仲間たちと一緒にできて幸せです」
国東市内の海岸の中には、長らくウミガメが上陸していない浜もあったり、毎年来るわけでもなかったりと産卵状況はまちまちですが、地道な海岸清掃を続けている成果か、「定着してきた手応えはある」(海原さん)とのこと。
そして何よりの手応えは、海ごみ問題やウミガメの授業を行っている小学生たちの意識の変化だと言います。
「ウミガメのシーズンになったから浜を綺麗にしなきゃ、って子どもたちが普通に言うようになったんですよ!これはものすごく嬉しいこと。ここで生まれる子ガメたちを海へ送り出し、彼らがまた産卵しに帰ってくるのを待とうという、ウミガメの生き様を見守る気持ちが子どもたちに芽生えている。これって、海を大切にすること、そしてふるさとを愛することと同じですからね」
多くの子ガメの巣立ちに立ち会う中で、海原さんや石濱さんがいつも感動するのは、小さな手足を動かして必死に海へ向かう子ガメたちの健気な姿…は当然のことながら、その姿を見つめる地域の皆さんの幸せそうな笑顔だそうです。
結局、浜の環境保全を通じて実現したいのは、『愛のあるふるさとづくり』。
ウミガメの再来を待ちながら、この浜を綺麗にしておこうと頑張る。
海へ出る子ガメらに元気でなと手を振る。はたまた、長寿の象徴、元気をくれる有り難い存在としてそっと手を合わせる。
そんな住民たちがいる地域だからこそ、ウミガメは何十年か後にきっとまた国東へ戻ってきれくれるー。
海原さんと石濱さんははそう信じて、今日も浜へ向かうのです。