守ると決めたら諦めない!法律だって変えられる
ウミガメの仲間は世界で8種類いるとされ、そのうち日本で見られるのは、アカウミガメ、アオウミガメ、タイマイ、ヒメウミガメ、オサガメ、クロウミガメの6種類です。
特にアカウミガメは、北太平洋では日本を主な産卵場所としており、静岡県と愛知県にまたがる遠州灘海岸にも卵を産みに毎年やって来ます。
浦島太郎の昔話で知られるように、かつて日本人には身近な存在だったはずが、今では絶滅の危機に瀕しているウミガメ。
その産卵の浜を守ろうと、アカウミガメの産卵調査と保護活動を30年以上も続けているのが馬塚さんです。
「アカウミガメは5月中旬になると南の国から黒潮(暖流)にのってやってきて、8月末まで産卵します。私はね、ウミガメは国賓だと思っているんです。絶滅危惧種であり国賓でもあるんだから大切に守らなくちゃ。国賓をお迎えする私たちの海は、玄関。玄関は綺麗にしておきたいから、海岸清掃も真剣ですよ」
遠州灘は、東の御前崎から西の伊良湖岬まで総延長115kmにもおよぶ海岸で、天竜川から運び出された砂が堆積して広大な砂丘が形成されています。
馬塚さんの活動拠点であるサンクチュアリネイチャーセンターは遠州灘のちょうど中間地点、浜松市の中田島砂丘入り口にあります。
「遠州灘海岸全域がアカウミガメの産卵地であることから、2001年に拠点として開設しました。私たちの活動は、アカウミガメを始めとして海岸で繁殖する海鳥のコアジサシや希少な海浜植物などを調査・保護し、豊かな自然環境を守っていくこと。観察会や体験学習も頻繁に行っていて、ウミガメシーズンになると子ガメの観察会に多くの人が訪れてくれます」
(↑)海ガメの産卵場所を説明する馬塚さん
馬塚さんが環境のことを考え始めたのは、中学生の頃、テレビ番組で水俣病(※化学工場から排出されたメチル水銀化合物が引き起こしたメチル水銀中毒)のことを知ったのがきっかけだったそうです。以来、環境を調べる技術や装置に興味がわき、職員として就職した静岡大学では環境分析や調査に携わっていました。
環境保護の活動を本格的に始めたのは1979年、日本最大規模のツバメのねぐらや多くの野鳥の生息地となっている馬込川(浜松市)の河口に整備計画が持ち上がり、葦原や干潟といった多様な自然環境を何とか守ろうと決起したのが発端でした。
1984年には馬込川サンクチュアリ市民の会を設立し、11万人の署名を県や市に提出して自然環境の保護を要望。翌85年には浜松サンクチュアリ協会を設立。この団体が後のサンクチュアリジャパンです。
そして1986年、馬塚さんはウミガメと出会います。
「中田島砂丘でのアカウミガメの産卵が報道されて、まさか?!と。そこで翌年から調べ始めたら、調査1年目には2kmで22頭の産卵が見つかり、2年目は10kmで70頭以上と、調べれば調べるほど分かってくる。実は遠州灘は、全域が一大産卵地だったんですよ!子どもの頃から遠足に行く場所だったけど、浜松市民のほとんどがウミガメ産卵のことを知らなかった。私も、目の前に大きなカメが歩いている様子を初めて見たときにはビックリしました」
(↑)産卵後に砂をかけるウミガメの様子
馬塚さん達の調査で、遠州灘でのウミガメの実態が明らかになりました。親ガメは5月~8月の間に3~5回の産卵をし、1回に約110個、全部で約500個の卵を産みます。8月中旬になると5月に産卵したものから孵化(ふか)が始まり、10月まで続きます。
孵化した子ガメはヨチヨチと浜を進み、海に入ると暖かい黒潮に乗って南の海へ向かいます。南の海で大人に育ったアカウミガメが再び遠州灘に戻ってくるのは、約20~30年後です。
(↑)海へ帰って行く子ガメたち
一方、ウミガメの卵が盗掘されていること、ウミガメ自体が捕獲され売られていることなども調査で分かってきました。当時は砂浜でのオフロード車の走行が目立ち始めた時期でもあり、ウミガメの卵が踏み潰されてしまったり、海浜植物が踏まれて枯れたりと、砂浜の荒廃が急速に進んでいました。
そうした状況を見過ごせず、「声を上げねばならない!」と奮起した馬塚さん率いるサンクチュアリは、市や県、国への働きかけを開始し、1990年に「アカウミガメとその産卵地」として市の文化財指定を実現。92年には水産庁が、アカウミガメの保護事業を重要水生生物保護事業に指定。また同年、県への働きかけが実り、海区漁業調整委員会の指示という形で遠州灘でのアカウミガメ捕獲制限がなされました。
さらに2000年には海岸法の改正に漕ぎ着け、海岸へのオフロード車進入を規制する「新海岸法」が施行されたことで、浜松市の海岸では車止めが設置されました。
「海岸法の改正まで10年以上かかりましたが、粘ってよかった。法律は、私が死んでも残りますから。私はもともと高い壁があると燃える性格なんですが(笑)、その時の勢いだけではだめですね。燃えたら燃え続けること。成功するまでやるんだから失敗は無い。活動を続けるうちに理解者も増えていきますしね」
2014年には静岡県自然公園法条例でアカウミガメが指定希少種に指定され、無許可での採捕が禁止に。捕獲への罰則規定が盛り込まれ、ウミガメを守る体制が強化されました。
馬塚さん達が産卵の保護調査を始めてから30年以上が経ち、孵化場(=保護した卵を埋め戻し、孵化するまで安全に守るための施設)の整備も進んで、産卵数も増えているそう。
違法な盗掘や深刻な海ごみ問題など課題はまだまだありますが、ボランティアの希望者や、野生動物の保護に意識が高い子どもたちがたくさん育っているのもれっきとした事実。地道な取り組みは着実に実を結んでいます。
アカウミガメが遠州灘に産卵に来るのは、昔ながらの多様な自然が残る砂浜が維持されているから。その砂浜の減少を食い止めて回復を図るのも、馬塚さんたちの重要な活動となっています。
「車が通ったりして植物が枯れると砂が露出し、海水が入って砂を持っていってしまう。そこが低くなってさらに海水が入り、砂浜がえぐられていきます。その対策に、テトラポットを置くのではなく自然に負荷をかけずに砂浜を回復させる方法として、コウボウムギという海浜植物を利用しています。リユースの麻袋に砂とコウボウムギの種を入れて置いておくと、麻袋の中で種が発芽して根を張り、砂をつなぎとめてくれるんです」
(↑)種と一緒に砂を詰めた麻袋を並べる作業
(↑)麻袋からコウボウムギの新芽が出てきたところ
馬塚さんの取り組みは、長く続けてこそ成果が生まれるものばかり。
焦らずじっくり、やると決めたら成功するまで、ブレず、妥協せず、諦めず…。
「長いことやってジワジワ染みこませていくのが私のやり方。ふるさとの浜をずーっと守り、ウミガメ保護を始めとして良い事例をたくさん作って広げていきたい。子ガメの放流会や自然観察会に来てくれる子どもたちが増えて、みんなどんどん大人になって、私を助けてくれている。長く頑張るほど仲間が増えているんです。力を結集すればまだまだいける、もう少しで社会を変えていくことができるって、本気で信じていますよ」