“熱源”人材 - NETSUGEN JINZAI

石川

海は、未知と探究の場所

海洋教育の新境地を開く研究者

浦田 慎

MAKOTO URATA

PROFILE
生年月日
1974年6月23日
主な活動エリア
基本は県内、求められればどこへでも
一般社団法人能登里海教育研究所の主幹研究員。金沢市出身。
金沢大学で海洋動物を研究し博士号を取得後、大阪大学を経て広島大学で研究者として約10年間勤務。2015年にUターンして現職。金沢大学非常勤講師、環日本海域環境研究センター臨海実験施設連携研究員。広島大学大学院統合生命科学研究科附属瀬戸内圏フィールド科学教育研究センター客員研究員。

縦割りを超えた協働で、常に進化する教育プログラムを!

全国屈指のスルメイカ水揚高を誇る、石川県能登町小木(おぎ)。
町立小木小学校では、全国で他に例が無い「里海科(さとうみか)」という授業が行われています。
里海科は、里海の生き物や環境、水産業、海ごみ問題など海にまつわる様々なことを学ぶ学習プログラムです。体験や実験を重視した探究型の授業であることが特徴で、暮らしに身近な海を教材にしながら、子どもたちの“学びとる力”や“問題を見つけて解決する力”を育てることを目指しています。

この先駆的な取り組みをバックアップしているのが、浦田さんが所属する能登里海教育研究所(以下、里海研)。金沢大学と地域との連携をもとに2014年に設立された、日本初の「海洋教育専門の研究所」です。

(↑)イカを解剖する実験授業の様子。子どもたちは興味津々!

能登町は、2015年度に策定したまちづくりの総合戦略で海洋教育の充実を謳っており、町の教育委員会が施策を主導しています。同年度、小木小学校は文部科学省の教育課程特例校の指定を受けて全国初の「里海科」をスタート。さらに里海科は2016年度から町内の全ての小中学校で展開されるようになりました。

里海研は、研究員第一号として浦田さんを迎え、以来少数精鋭の組織で、体系的な海洋教育カリキュラムの開発や里海科の授業サポートを行っています。
浦田さん曰く、里海研の売りは「しがらみに縛られない、小さな第三者機関ならではの自由な発想と、縦横無尽な機動力」。先生たちの授業計画に沿って適切な助言を行い、信頼できる協力者や協力機関などを学校と繋ぐコーディネート機能が最大の強みです。

「海洋教育の主役になるべきは児童と先生。その手助けをするのが里海研です。ありがちな事例ですが、著名な外部講師による一方的で単発的な出前授業を行っても、専門家に依存した学習ではその後に先生たちだけで継続していくことが出来ませんし、子どもたちも体系的な学びは得られません。そうではなくて、里海研は先生と一緒に授業を作ります。人的・物的支援をすることで先生の負担を減らし、学校との“協働”でじっくり進めていく仕組みを作ることで、先生は個人的な興味や想いも活かしながら自ら工夫して続けていける。教育は自律的かつ持続的であってこそ成果を生むと思います」

石川県水産総合センター、のと海洋ふれあいセンター、金沢大学の環日本海域環境研究センター臨海実験施設など、さまざまな施設が集まり海を多角的に学べる環境が整っている能登町は、里海研がコーディネーターとして本領発揮できる絶好のフィールドです。
これまでも、臨海実験施設で夜の海に集魚灯を入れて自然観察、海岸清掃と漂着ごみの分析、地元の特産品であるイカについての調査と動画(CM)制作、イカ釣り漁船の見学など、地域の協力を効果的に得ながら多彩なカリキュラムを実践してきました。

コロナ禍でイカの解剖授業が出来なくなった2020年には、各家庭で自習できる「めざせ!イカ博士キット」を開発。このキットには、釣った直後の新鮮なスルメイカを船内で急速冷凍させた「船凍イカ」2杯と、里海研オリジナルの「海のいきものガイド イカのほん」などがセットで入っているほか、小木小学校の児童が里海科の授業で作成した「小木イカ料理レシピ本」も同封。子どもたちの学びやアイデアがそのまま教材になり、楽しく観察した後にイカの調理にも挑戦して最後は美味しく食べられるという充実した内容です。

「新型コロナの影響で体験学習の機会が減ったと言われますが、里海研ではむしろ体験学習に関わる支援実績が増えました。なぜかというと、現場に丸投げのパターン化された学習プログラムでは教育環境の変化に対応できないのに対して、我々のような支援体制ならあらゆる状況に柔軟に対応できるからです。我々の目的は子どもたちの海に関する知識を増やしたり海の専門家を育てたりすることではなく、学びの力を伸ばすことであって、そのための手段は工夫次第で何でもアリなわけです。能登で里海を学んだ子どもは里山のこともきっと分かるし、社会に出ても大丈夫。そんな本質的な学びの機会を提供したいんです」

小木小学校から始まった海洋教育は6年目に入り、「確かな手応えがある」と語る浦田さん。子どもたちの学ぶ意欲や地域への愛着が強まっていると現場で実感し、積極的に海洋教育に取り組む先生が増えてきていることにも大きな喜びを感じるそうです。

小中学校だけでなく高校での学習に関わる機会も増えています。ちょうど今(2021年3月)は、県立宝達高校の生徒らが海洋プラスチックごみ問題を小学生に伝えるリーフレットを制作するという探究活動に、助言したり協力者と繋いだりして支援をしている真っ最中。つい先日は、長野県の高校へウニと一緒に出張しました。

「高性能な顕微鏡を40台ほど持って行き、ウニの卵が受精する瞬間を顕微鏡で見る実験授業をしました。生き物が誕生する仕組みを実際に目で見るってすごいインパクトがあるんですよ。ただ、それを環境問題や命の大切さの学びに繋げていくのは先生のプログラム次第。自分たちで続けていってもらうための先生向け研修も丁寧にやりました。支援とコーディネートが使命ですから」

このように県外の学校へも海洋教育のノウハウを展開していくことが今後の目標。そのためにwebサイトでの発信を強化し、各地の先生たちの情報共有に役立つようなプラットフォームを構築するのが里海研のテーマの一つです。
ICTの活用は教育の現場でもどんどん進んでおり、里海研が主催したオンラインイベント「第3回いしかわ海洋教育フォーラム・withコロナ時代の里海授業」(2021年2月)でも、体験学習とICTをうまく掛け合わせた事例が多数紹介されました。

「フォーラムでは、ICT教育は仮想的な世界に子どもを閉じ込めるものでなく、むしろリアルな学びを促進できる可能性を秘めていること、そして現場の先生はそこを意識して授業を考えておられることが分かりました。多角的な教育支援の在り方について理解を深める機会になったと思います。withコロナ時代こそ里海研の出番だと思いたい。自分たちの良さを活かしながら、行動あるのみです」

里海研が伴走することで、学校と外部の施設や協力者が無理なく繋がり、現場では先生たちが自律的に授業を続けていける。
子どもたちは海を含めた地域全体を楽しく学び、ふるさとを愛し自然と共生する姿勢を身につけることができる。
そんな「能登モデル」は、地域の人や資源を活かしながら“社会と学校とが共により良く変わっていける仕組み”とも言えそうです。

「私たち里海研に出来るのは、海を探究し、科学的な視点で海の価値を示し、より良いかたちで伝えていくこと。能登の風土を学びの環境として最大限に活かしたプログラムを開発して、現場で先生たちと共有しながら新しい海洋教育をつくっていく。里海の良さを次世代へ継承し、100年先も、人が海の素晴らしさに共感しながら暮らしている…ーそんな未来を願って取り組んでいます」

★ 編集後記 ★ 実はこんな人!

物静かで冷静な研究者の顔と、教育者魂を熱くたぎらせた顔の両方をもつ浦田さん。取材中も「世の中、批評ばかりの人が多すぎる。何よりアクションが大事なんですよ!」とアグレッシブな一面をのぞかせていました。クールで熱い、ハイブリッド熱源。

自分を海の生き物に例えると?

「魚の祖先、ナメクジウオ。いつも砂の中にいて、泳げるけど泳がない。よっぽど何かがないと動かないけど、本気だしたら動くヤツ…」

浦田さんは金沢大の卒業研究でナメクジウオをテーマに選び、広島大では日本で初めてナメクジウオ幼生の飼育に成功したという、ナメクジウオを愛する男。本気だしたナメクジウオがどんなものかはよく分かりませんが、研究者として浦田さんが超一流(そして素顔はちょっとお茶目)であることは間違いない!