“熱源”人材 - NETSUGEN JINZAI

高知

海は、無限の可能性と無限のパワーを与えてくれる。

イカと通じ合える?!魚類学者

神田 優

MASARU KANDA

PROFILE
生年月日
1966年10月8日
主な活動エリア
高知県内
NPO法人黒潮実感センターのセンター長。高知県高知市出身。
農学博士号をもつ海洋生物学者で、専門は魚類生態学。高知大学大学院黒潮圏海洋科学研究科客員准教授。2002年にセンターを設立し持続的な里海づくりを目指して保全や環境教育などに取り組む。2012年に第5回海洋立国推進功労者表彰、2017年にイオン環境財団の生物多様性日本アワードグランプリ、2020年に第22回日本水大賞で環境大臣賞など受賞多数。釣りも泳ぎも潜りも達人で、スイミングインストラクターや潜水士の資格も持つ。

海は活かしながら守る。共に暮らし、生き物のメッセージを感じていたい

四国の南西端、高知県の大月町にある柏島(かしわじま)は、南からの暖流黒潮と、瀬戸内海から豊後水道を南下してくる栄養豊富な海水とが混じり合う場所にあります。そのため多種多様な海洋生物が生息し、例えば魚類は亜熱帯産と温帯産が同じ海域にいることから国内最多の1,150種が確認されているなど、まさに“生物多様性の宝庫”です。

この柏島を“海のフィールド”に、「島まるごと博物館にしよう!」という構想のもと2002年に黒潮実感センターを立ち上げたのが、魚類学者の神田さんです。

神田さんは子どもの頃から生き物が大好きで、「将来は生物学者になる!」と幼稚園の頃から決めていたそうです。

「ドリトル先生になりたかったんですよ。動物の言葉がわかるお医者さんですね。私は小さい頃から釣りや泳ぎが得意で、海洋生物と会話をしたいって常に思ってきました。ダイビングを始めたのも、少しでも長く魚たちを観察していたいから。海の生き物が発するメッセージを代弁できるような仕事をしたい。そう思って、魚類学者になりました」

学生時代は柏島などでのダイビングガイドや釣りで生計を立てつつ学問に励み、東京大学海洋研究所(現:東京大学大気海洋研究所)で大学院博士課程を修了したのち、再び高知へ。1998年、31歳の時に柏島へ単身移住して準備を始め、親身になってくれる地元協力者に支えられながら資金難を乗り越え、4年後に黒潮実感センター設立に漕ぎ着けました。
以来、シュノーケリングやクリアカヌーによる海中・海底観察やナイトサファリ(夜の海の観察)、自分で釣った魚の観察・調理といった体験ベースの環境教育や、アオリイカの保護、藻場(もば)の再生など、さまざまな活動を通じて持続的な里海づくりを実践しています。
活かしながら守る。利活用と保全との両立を目指すのが里海づくりの考え方です。

「海は、私たちが生きていく上でなくてはならないもの。学び、遊び、暮らし、生命、安定、エネルギー…無限の可能性とパワーを与えてくれるところです。でも、もらってばかりではいけない。例えば暮らしとの関わりで言うと、海は、我が家の冷蔵庫です。食べたいものは何でも海にあり、いつでも取ってこられるように活かしてある。常に新鮮、最高の冷蔵庫ですよね(笑)。でも食材をいただいてばかりでは底をつくので、海を耕すイメージで、食糧補充の意味も兼ねて水産資源を増やす活動をしているわけです」

(↑)子どもサマースクールにて。この時は「島の美術館」をテーマに各自が作品制作に挑戦

活動の拠点は、単なる黒潮センターではなく黒潮“実感”センター。恩師と一緒に決めたというその名称からも、神田さんのこだわりが感じられます。

「体験の先にあるものが実感だと捉えています。体験学習を行う時には何かが心に響くこと(=実感)が大切で、それがあって初めて自分ごとになります。学習だけでなく、守る(保全や保護)という活動も、貨幣価値や数値で捉えにくいけれど、“見える化”して伝えることで実感できます」

共存とは?地元民が協力しあって海を守り、活かしていくとはどういうことなのか?
それを“見える化”できたのが、アオリイカの人工産卵床を取り付ける活動でした。これは間伐材を海に沈めてアオリイカの産卵床として設置する取り組みで、まさに海の中の森づくり。神田さんが主導して地域を巻き込み20年以上も続けてきたこの活動が高く評価され、黒潮実感センターは2020年8月、水環境の健全化に貢献した活動を顕彰する「第22回日本水大賞」(国土交通省等が主催)の環境大臣賞を受賞しました。

アオリイカの保護。その一言では済ませられないほど複雑なドラマが、このプロジェクトの裏にはありました。

「発端は2000年頃のダイビングバブル。元々漁業の島だった柏島にファンダイビングを導入したのは、実は私なんですが、その後ダイバーが増えすぎたことで地元漁師たちとの確執が生まれました。ちょうどアオリイカが不漁となり、その原因はダイビングではないかと漁業者が訴えたことで一気に対立が激化。こんな揉め事があっては悲願の“島まるごと”が実現せんと思い、まずはダイバーと漁業者との共存の道を探ろうと、自分はダイビングガイドをすっぱり止めて中立の立場で動き始めました。両者が一緒に頑張ってイカを増やす方法はないか。イカ不漁の真の原因は磯焼け(藻場の減少)ではないのか。調査を進めつつあれこれ模索して考えついたのが、イカが産卵する藻場の代わりに森の木を海に設置する方法です。石を付けて適当に放り込むのではなく、水深20mの産卵に最も適した場所に、ダイバーが潜って的確に固定することに意味があります」

(↑)ダイバーが海底に鉄棒を打ち込み、産卵床をくくり付けて固定(写真提供:黒潮実感センター)

この提案が通って2001年から作業が始まったものの、どの木をどんなふうに立てればイカがたくさん卵を産むか、当時はまだ未知の領域。1年目、2年目と試行錯誤が続く中で、神田“ドリトル”先生が本領を発揮しました!

「私、イカの気持ちが少し分かるんですよ(笑)。魚の習性を熟知した上で長年見続けていると、何となく感じ取れるものがある。イカ目線で、こんな枝ぶりが一番産みやすいだろうなぁとイカの好みを推測して枝を間引いたりしてみたら、3年目には産卵床1基に15,000房(約10万個)の卵がつきました。大成功です」

(↑)“海の森”でアオリイカが産卵する様子(写真提供:黒潮実感センター)

地域の漁業者、ダイバー、森林組合など林業者が一緒に取り組む、海の中の森づくり。3年目には地元小学校の環境学習にも取り入れられ、山での間伐から産卵床づくり、海への投入まで可能な範囲で子どもたちも関わるように。
その後は柏島だけでなく近隣市町村の小学校との連携にも発展し、参加した子どもたちは森と海の繋がりやアオリイカの保護を「実感」できるだけでなく、山間で暮らす子と海の近くで暮らす子との交流も芽生えていると言います。

(↑)漁師とダイバー、子ども達が産卵床を船から投入(写真提供:黒潮実感センター)

2013年からは、アオリイカの里親を募集するオーナー制度も開始しました。一口(=産卵床の間伐材1本)1万円で、購入者には漁師が釣ったアオリイカ1kgとマイ産卵床の海中写真が届けられるという仕組み。黒潮実感センターが仲介し、地元のほか全国から応援を集めて、漁業者やダイバーの収入にもなりイカ資源の回復も図るというユニークな取り組みです。

(↑)産卵床にはオーナーが描いたイカへのメッセージプレートが(写真提供:黒潮実感センター)

幾多の困難がありつつも、目指す「島まるごと博物館」への道を少しずつ拓いてこれたのは、いかにも高知の“いごっそう”を思わせる不屈の精神。
でも全ての源は、幼い頃に「生き物大好き!ドリトル先生になりたい!」と願った純粋で温かな愛に違いありません。
今の神田さんの夢は、そういう海が大好きな子どもをたくさん増やすことです。

「センターの活動は多岐に渡りますが、今後はもっと海洋教育に特化したい。『人も海を耕し、育て、守る』という里海づくりの感覚を多くの子どもたちに伝え、行動を促すような取り組みを今後も続けていくことが黒潮実感センターの役割。柏島でなら、そのモデルづくりがきっと出来ると信じています!」

(↑)地域のお祭りの時、長男の拓海くんと。船は足で操船中(!)

★ 編集後記 ★ 実はこんな人!

「昔から、もし何か一つだけ手に入れることができるなら何が欲しい?って聞かれると、即答で『エラ』。ずっと海の中にいて魚たちと一緒にいたいからですね」
どんだけ魚が好きなのか。エラ呼吸を夢見るヒトは、おそらく人類で神田さんだけなのでは…。

自分を海の生き物に例えると?

「カツオ。人生止まることなくずっと走り続けてきました。やりたいことが山ほどあって、止まると窒息してしまいそうだから。ほんと、休むコトを知らんねぇとずっと言われています…。あと、高知県民の血が流れているので、カツオ愛にあふれています!」

カツオを食べると疲労回復に効くという研究報告もあるようなので、これからも本場のカツオを栄養源に走り続けてください!(でもたまには休んでくださいね)