知ろう、守ろう。ウナギのこと、環境のこと
埼玉県内で活動するサステ“うな”ビリティ・クラブ、通称「うなクラ」。
その名に“うな”が潜り込んでいる通り、ウナギをテーマとして現代社会のサステナビリティについて考え、川や海のあるべき姿を模索する組織です。メンバーは、生き物としてのウナギを愛する者はもちろん、うな重・うな丼を愛する者、国・県・市町村職員や民間企業人、研究者、大学生など約40名。
…なぜに、ウナギ?と思ってしまう人も多いかもしれません。しかし実は、れっきとした理由があるのです。
「埼玉県民はウナギ好き、というだけじゃないんです(笑)。ウナギは海から川へ遡上する回遊魚で、河川の中・下流から河口、沿岸域、沼、池、田んぼも生育場所です。つまりウナギが健やかに海と川を行き来できる環境ならば、海と川とのつながりが健全だということになります。また、ニホンウナギは大きくなれば淡水生態系で最上位の捕食者となる、所謂『アンブレラ種』なので、彼らがちゃんと個体数を維持できている水域というのは、上位捕食者を支える餌たちの生態系も豊かに存在していると言えます。ウナギがたくさんいることが、環境保全もうまくいっているという証なんですよ。…ウナギ、注目したくなるでしょう?」
そう嬉しそうに語るのは、うなクラ設立の立役者であり事務局を務めている佐藤さん。このクラブ活動を通じて官民の連携を進めながら、楽しく、時に美味しく(!)、ウナギを始めとする水生生物の保全活動に取り組んでいます。
(↑)荒川でウナギの遡上調査を行った際、参加した子どもたちや保護者らに環境保全の大切さを伝える佐藤さん。
佐藤さんは、うなクラを始める前から、本業(県職員)でも環境関連の業務に長く関わり、約25年間で100校近くの学校で環境学習を行ってきました。
実は、学生時代に夢見ていた職業は小学校の先生だったそうです。
「大学では環境安全工学を研究していましたが、研究者よりも教育者になりたくて…。小学校の教員免許を取り、県職に就いてからもしばらくは夢を捨てずに小学校教諭を目指していました。でも30歳くらいで割り切って、先生ではない立場で環境教育に携わっていこうと決めました。自然学習で生き物調査をする時など、子ども達が『身近にこんな生き物がいたんだ!』と目の色を変える瞬間がある。それを見ていて幸せですし、やりがいを感じます。いろんなことを教えながら、自分の気づきも多いですね」
埼玉県は海がない内陸県ですが、河川が占める面積が大きく(県面積の約3.9%で都道府県の中で2位)、川の環境保全や住民への意識啓発は重要なテーマの一つになっています。水環境や水循環について、子どもたちに教えるだけでなく自ら学び続けている佐藤さんは、荒川流域の治水・利水を研究するNPO「水のフォルム」に幹事として関わり、さいたま市の大規模緑地「見沼田んぼ」でお米づくりにもチャレンジしています。
行政に属しながら、民間組織との協業や民間企業への出向、市民農園での農業を体験していく中で気づいたのは、「水環境の保全にも多様な切り口があるなぁ」ということ。そして、環境保全に精力的に取り組む団体や研究者が多くても、連携が足りていないという現状が見えてきたことで、「もっと仲間を繋ぎながら、行政が民間と二人三脚でやっていかなくては」という課題意識が生まれました。
そこで2015年度に立ち上げた勉強会が、組織の枠を超えた多様なメンバーによる「埼玉県サステナビリティ研究会」。さらに、座学だけではなくもっと現場に出たい!自然環境の実態把握と保護活動を楽しく・美味しく実践したい!という想いから結成されたのが、ウナギで繋がる「サステうなビリティ・クラブ」(2018年度~)というわけです。
うなクラは、サステナビリティ研究会の実働部隊。主な活動内容は、埼玉県内でのウナギ観察や遡上調査、汲み上げ放流(ダムなどの下流側で遡上できずにたまっている稚ウナギを汲み上げて上流側へ移送すること) 、ウナギの寝床づくり。夜行性のウナギには、昼間に身を潜める場所や、成育期の初期を過ごす河口域で居ついて成長する場所がとても重要だそうです。
「小さいうちはブラックバス等に食べられてしまうことも多いため、かくれ場が必要です。コンクリートの護岸に在来種の水草を植え付けるのは有効ですね。あと、ウナギ用の魚道も作ってあげたい。川と田んぼ、水路やため池とのつながりを確保することが大切です」
佐藤さんによると、ニホンウナギの成長過程は、卵(世界一深い海、マリアナ海溝の近くで産卵)→孵化してレプトセファルスと呼ばれる幼生(海流に乗ってフィリピンから東アジア沿岸へ)→シラスウナギに変態(河川へ進入、河口域で成長)→クロコ(河川下流域で成長)→黄ウナギ(川・池・沼・田んぼでさらに成長)→数年~十数年かけて成熟すると銀ウナギ(河川及び沿岸域)→マリアナ諸島西方海域の産卵場へ戻って、産卵・放精を行うと、人生の長旅を終える…というダイナミックなサイクル。
ウナギについて考えることで、身近な川から地球規模の海洋まで、幅広く環境をとらえる視点を養うことができそうです。
「当然ながら、我々うなクラはニホンウナギだけが守られればいいとは思っておらず、水にまつわる生態系全体の保全を目的にしています。とは言え生物多様性や資源の持続性の話は複雑で少し難しいため、この取り組みを進めるためのシンボル的な存在として、絶滅危惧種であり、かつ食材としても日本人に愛されている、経済価値の高いニホンウナギを選んだということです」
(↑)調査で捕獲した水生生物たち。調査後はその場で放流。
ウナギという身近なテーマを設定したことによって、多くの人への“関わりしろ”を作った佐藤さん。
この活動のおかげで、現場での官民の交流の機会が増え、知識を共有したり意見交換をしたりする場を作れたことは大きな成果だと言います。しかし「まだまだ繋ぐ人たちが足りていない」とも。
「うなクラは出来たばかりなので、これから、産学官のネットワーク組織としてじわじわ広げていきます。保全活動の中から事業化できそうなものはないか、その可能性も探りつつ、これまでにない形で環境問題へのアプローチを考えていきたい。そのために私は水面下で目立たず動き回りますよ!それこそウナギのように…(笑)」
(↑)ウナギの遡上調査を通じて海や川の大切さを学ぶイベントにて、みんなで記念撮影。佐藤さんは最後列の真ん中。「目立たず支える」のが信条!