“熱源”人材 - NETSUGEN JINZAI

福島

海は、学び。

生徒らと共に燃える!「新聞紙レジ袋」陰の立役者

目黒 英樹

HIDEKI MEGURO

PROFILE
生年月日
1970年4月10日
主な活動エリア
福島県の只見町内
只見町立只見中学校教諭。福島県南会津郡只見町出身。
山に囲まれた内陸部の只見町で海洋教育に取り組み、海洋プラスチックごみ削減のために「新聞紙でレジ袋を作る」という生徒らの挑戦を支援。折しもレジ袋有料化の波に乗って町内に新聞紙レジ袋を普及させることに成功。只見中学校は、新聞紙レジ袋を始めとする多角的なESD教育が評価され、2020年2月に第7回海洋教育サミットで優秀賞、同年12月に第11回ESD大賞で文部科学大臣賞を受賞。

学校と地域が一体となり、“山から海を守る”只見へ

会津地方の只見町(ただみまち)は、福島県の西の端。海までの直線距離が約70kmという内陸部で、日本有数の豪雪地帯です。
この町の商店等で使われているのは、プラスチック製ではなく新聞紙で作られたレジ袋。しかもこの「新聞紙レジ袋」を手作りしているのは、なんと地元の中学生たち!

(↑)古新聞を折り、のりで貼り合わせて作る新聞紙レジ袋

「海のプラスチックごみを減らすために自分たちに出来ることをしたい!」と燃える生徒らを支援し、新聞紙レジ袋の開発から普及まで伴走することで、自分も一緒に燃え始めた“熱源”先生ー…それが目黒さんです。

只見町は、日本国内で10カ所が認定されているユネスコエコパーク(=地域の自然資源を活用した持続的な経済活動を進めるモデル地域)の一つ。町の面積の9割以上を山林が占め、広大なブナの自然林が残る豊かな生態系の中で、自然と人との共生を目指した持続的なまちづくりが進められています。

町内の小・中学校は、ESD(=Education for Sustainable Development)と呼ばれる「持続可能な地域の担い手を育てる教育」に力を入れており、その学びをさらに深め、子どもたちの視野をより広げるために始まったのが、山間地という枠にとらわれない海洋教育です。

「…と言ってもとにかく海から遠いので、まずは海に親しもうじゃないかと、2019年7月に新潟県上越市の海へ生徒らを釣れて海釣りに行きました。当時私は49歳で、内陸育ちの私は実は…実は…海で釣りするの、初めてだったんです(笑)。正直言って最初は、海でのごみ拾いより釣りのほうがメインの目的で、ちょっと遠足気分でしたね。現場に到着するまでは…」

当時の中学2年生28名と教員4人で遊びに行った(?)新潟の海。そこで目にしたものは、海岸に流れ着いた凄まじい量のごみでした。

「内陸育ちとは言え、釣りはイメージできてました。でも、ごみは想定外だった。あまりにもすごいごみで私も子どもたちもビックリ、特に彼らは大ショックです。短い時間のごみ拾いでしたが、集めたごみの量は90ℓのごみ袋で10袋。この衝撃体験をきっかけに、生徒らが海ごみ問題について色々と調べるようになりました」

海ごみはどこから来るのか、なぜ海外から流れ着くのか。内陸からも流れて来るのか、どうしたらプラごみを減らせるのか。只見町を流れる只見川が日本海に注いでいるということは、自分たちが出すごみも、海を汚しているー?山間部に暮らすゆえ遠い世界の出来事だった海ごみ問題を、自分事として捉えるようになった生徒たち。その調査・研究の成果を文化祭で発表するなどして、自分たちに出来ることは何かを模索し続けました。

そんな中で見つけたのが、古い新聞紙でレジ袋を作るというアイデアです。生徒らは早速100枚を手作りし、町内で広めようと動き始めました。

「人が集まるところで配ればいいだろうと、2月に行われるビッグイベント『雪まつり』でPRしてみたんですが…全然ダメでしたね。強度もイマイチで破れやすくて、最初は広まりませんでした。でも諦めずに、破れにくいよう補強したりしてレジ袋の改良を進めているうちに、チャンスが来ました。レジ袋の有料化です!」

2020年7月から日本でも始まったレジ袋規制。その背景には国際社会の脱プラスチックへの流れがあります。2019年6月に大阪で行われたG20サミットでは、 新たな海洋プラスチック汚染を2050年までにゼロにすることを目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」を各国が共有しました。その後は日本でも海のプラごみ問題解決への第一歩として「一人ひとりがライフスタイルを見直そう」という気運が高まり、プラスチック製のレジ袋を使わないことが全国に定着しつつあります。

「まさに時流に乗ったという感じで、新聞紙レジ袋の価値が見直されました。レジ袋有料化が始まってからは協力してくださるお店が増え、取り扱い店は10店舗に。中3になった28名が昼休みや放課後などを利用して週30枚くらい作っていましたが生産が間に合わず、下級生にも作り方を伝授して、学校全体の取り組みに発展しました。今では週に90枚ほど作っています。各店舗、週に20~30枚は使われているようです」

(↑)改良を重ね、今では3kgを超える広辞苑を入れても破れないという頑丈さ!持ち手のところに付いているのは、ブナの木で作ったSDGsのカラーホイール

生徒たちは、商店やコンビニエンスストア、薬局などへ電話してアポを取り、実際に会って店主に新聞紙レジ袋の現物を見せ、活動の狙いをプレゼンして、使ってもらえるように依頼。納品ももちろん生徒らがやります。その熱い想いと行動力が地域の大人たちの心を動かし、協力店舗が増えていきました。まさに地域との一体化。新聞紙レジ袋の普及を通じたライフスタイル改革は、SDGs(持続可能な開発目標)の12《つくる責任つかう責任》、14《海の豊かさを守ろう》だけでなく、17《パートナーシップで目標を達成しよう》にも合致した取り組みなのです。

(↑)観光協会へ新聞紙レジ袋を持っていき、活用をお願いしている様子

そんな生徒たちの傍らで常にサポートし続けてきた目黒さんは、まさしく縁の下の力持ち、かつ広報マン。彼らの研究成果を発表するチャンスを作ろうと、色んなコンテストにエントリーしたり、新聞やテレビなどのメディアを使って情報発信したりして、その学びや頑張りを巧みに“見える化”してきました。
2020年12月には、只見中学校はESDの実践校を表彰する第11回ESD大賞において、最高賞である文部科学大臣賞を受賞するという快挙を果たしています。

(↑)第7回海洋教育サミットでのプレゼン風景。見事、優秀賞を受賞

「子どもたちに引っ張られて自分もモチベーションが高まったと言いますか、彼らのやる気の炎を焚きつけつつ自分も燃えて(笑)。私自身、意識改革が進んで山や海へごみ拾いに行くようになりましたし、学校としても海洋教育の視点を取り入れた只見ならではのESDを確立させることができました。何より子どもたちが生き生きと自発的に環境問題に取り組めるようになったことが嬉しい。活動が地域に広がっていくことは彼らの喜びですし、その活躍する姿がテレビに出たり賞を取ったりすることで、地域のお年寄りも喜ぶ。新聞紙レジ袋が、只見という地域の活力にも繋がったと感じています」

いま目黒さんが目指すのは、海のプラごみ削減に向けた生徒たちの活動を、より広域のネットワークで進めていくこと。只見中学校だけでなく、町内の小学校や高校、そして南会津郡の中学校と、どんどん巻き込んでいきたいと意気込みます。

「さらに県境を越えて、尾瀬の源流から河口までのすべての学校が協力し合えたら最高です。そして学校の枠も越えて、異業種が協力しあう。ゆくゆくは全国的な動きになっていけばいいと思っています。そのためには各方面との関係づくりとメディアパワーの利用が欠かせません。引き続き広報活動を頑張りたいと思います!」

今年9月にはテレビ局の協力で、生徒たちが新聞紙レジ袋の作り方を教えるオンラインワークショップも開催し、県外から只見中学校への問い合わせも増えたそう。新聞紙レジ袋をフックに、内陸からでも海は守れる!という意識と活動が、ますます広がっていきそうです。

(↑)反響が大きかった、新聞紙レジ袋を作るオンラインワークショップ

★ 編集後記 ★ 実はこんな人!

「学校の先生らしくないでしょう?」とご自身でも仰る通り、自由で大胆、柔軟な発想が際立つ目黒さん。ご実家が旅館だそうで、色んな人との交流や、しがらみにとらわれない繋がりづくりが得意というのも納得です!

自分を海の生き物に例えると?

「大学の同級生にはマグロと呼ばれていました。名字のせいかな?(笑)でも自分でもマグロっぽいなと思うことはあります。せわしなく、ジッとしていられない、動き続けてる感じが!」

元気いっぱいの子どもたちの“伴走者”だけあって、その持久力やバイタリティは抜群。メグロ先生のマグロ的快進撃がこれからも続きますように!