“熱源”人材 - NETSUGEN JINZAI

山形

海は、母。

温海“ふるさと体験”ナビゲーター

冨樫 繁朋

SHIGETOMO TOGASHI

PROFILE
生年月日
1979年2月27日
主な活動エリア
山形県の温海(あつみ)地域
NPO法人自然体験温海コーディネット事務局長。山形県鶴岡市出身。
高校卒業後上京し、OA機器のセールスや食にまつわるWebサイト立ち上げ等さまざまなビジネス経験を積んだ後、2015年にUターンして現職。事務局長として組織をマネジメントしながら自然体験ガイドとしても活動している。

一度ふるさとを離れたことで痛感した地元愛。「次の世代へ繋げなきゃ」

山形県鶴岡市の庄内浜、いわゆる“温海(あつみ)”と呼ばれる地域は、日本海に面しながら面積の9割近くが森林。そのうえ名前の通り豊かな温泉も湧いているという、自然の恵みあふれる土地です。

そんな温海を舞台に「ここならでは」の魅力を掘り起こし、子どもから大人まで幅広い年代を対象とした体験・学習プログラムを提供しているのが、自然体験温海コーディネット。
冨樫さんは、肩書きは事務局長ですが、企画やマーケティングから商品開発、組織運営全般に携わり、自らインストラクターやガイドを務めることもあるマルチプレイヤーです。

「自分たちのこだわりは、徹底した“温海らしさ”を打ち出していくこと。鼠ヶ関(ねずがせき)でのサンセットシーカヤックや、伝統的な焼畑農法で栽培した『あつみかぶ(蕪)』を使った漬物作り、関川地区という山間部に自生するシナノキの花を使った石けん作りなど、この土地がもともと持っている素材の良さを磨き上げた体験プログラムを提供することで、温海を好きになってもらうのが目的です」

(↑)ブナ林でトレッキング

(↑)関川地区に自生するシナノキを手に

2015年にUターンするまでは、東京等でIT関連の仕事をしていた冨樫さん。長年ふるさとを離れながらも、いつかは地元に帰って役に立ちたいという想いが心のどこかにあり、毎年4月15日に行われる鼠ヶ関神輿流し(厳島神社の例大祭)には可能な限り帰省していたそうです。

「雪解け水が流れるめちゃくちゃ冷たい川に神輿を担いだまま入るっていうとんでもない祭りなんですけど(笑)たまらなく好きで。実際にUターンするまで時間がかかりましたが、帰る前から心は繋がっていましたね。2014年、鶴岡市役所温海庁舎の元職員たちがNPO法人を立ち上げたとき、公民館の人から相談が来たんです。帰ってきて一緒にやってくれないかと。それがきっかけで、ふるさとで働くことを決めました」

温海は歴史ある「あつみ温泉」を中心とした観光地ですが、Uターンした当時は個人向けの観光プログラムは皆無。「都会で培ってきたリサーチやマーケティングのノウハウをここの地域資源に当てはめれば、いける!」という勝算を感じた冨樫さんは、さっそく魅力的な観光商品の開発に着手します。

「“泊まるところ”から“遊ぶところ”へ進化させるイメージで、好きになってもらえる要素を新しく作り出そうと。研修や教育旅行ではなく個人でも楽しめるよう、旅に気軽にチョイ足しできる、面白くて独創的なメニューを増やしていきました。また、ここでの体験をきっかけに周辺の大自然に興味が広がるような効果も狙っています。山形県内でも海を身近に感じていない子が多いので、そういう子ども達にふるさとの海の素晴らしさを実感させてあげたい。例えば鼠ヶ関で地曳網漁を体験したり獲った魚を観察したりできるアクティビティは特におすすめです」

温海の各地区に眠る宝物を探し出すような気持ちでプログラムを練りに練り、現在ラインナップは20種類近く。
食文化だと鼠ヶ関のイカの一夜干し作りや、越沢地区で作られる貴重な品種「越沢三角そば」を使ったそば打ち、焼畑農法で栽培するあつみかぶの漬物作りなど。伝統文化では、山五十川(やまいらがわ)地区に伝わる山五十川歌舞伎という民俗芸能の化粧法にならい、隈取り(くまどり)を自分の顔に施すという唯一無二の体験も…!

(↑)イタリアから来た大学生らと山五十川歌舞伎の隈取体験。右が冨樫さん

(↑)あつみかぶを栽培する焼畑を見学しているところ

さらに今後のプログラム開発では、単なる観光ではない環境学習系のコンテンツとしてSDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)の要素を盛り込んだものを充実させていく予定です。

「昔の庄内浜の様子を知ろうとヒアリング調査をした時、70代のじっさまから聴いた話が印象的でした。40年前は海にごみは何も無かったと言うんですよ。でもそんなはずはないんです。流木もたくさんあったはずですが、拾って薪にしたりしていた。つまりそれはごみではなかった。自然を資源として、暮らしの中に活かしながら生きていたんですね。まさに循環です。私たちはもう昔の生活には戻れないけれど、昔の人の発想や知恵のエッセンスを出来る範囲で生活に取り入れていくことが大事だと考えています」

庄内浜の自然環境がいかに恵まれているか。
この地に暮らす人々は大昔からいかに自然と共に生きてきたか。
繋がり合う海、川、山、それらを保全することが、今いかに必要火急な課題であるか。
シンプルな自然体験から一歩踏み込んだ、問いと学びを内包したコンテンツにすることで、「ふるさとが好き」という気持ちを、「守りたい!」に育てていくことがこれからのテーマです。

「ただ、私たちはSDGsの視点は教えるけれども答えのようなものは示さない。じっさまの話は紹介しますが、それを聴いて子どもたちが自分でどうするか考えるプロセスが必要でしょう。他にも、漁師さんに昔と今の海の変化を語ってもらうとか、拾った海ごみや流木からクラフトを作るのもいいですね。そうした体験が“種”となり、いつか『ふるさとの海を大切にしなきゃ』という想いに育ってほしいです。私自身がその使命感に目覚めたように」

(↑)ふるさとに詳しくなろう!子ども達と庄内浜クイズ

観光地としてお客を呼び込んで地域活性化を図りつつ、県内の子ども達への丁寧なふるさと教育で、海を愛する子ども達を育てる。
その子からさらにその息子、孫へと、「自分たちが生まれ育った海は自分たちで守り、次の世代へ繋げなきゃいけないんだ」という使命感が連鎖していく。地域に貢献したい人材が育ち、集まり、いつまでも元気な温海。

「…そんな未来を夢見て、“温海ならでは”のとっておき体験を、より多くの人に伝えていきたいです!」

(↑)愛すべき方言、庄内弁をレクチャー。冨樫さん自身も楽しそう!

★ 編集後記 ★ 実はこんな人!

神事(お祭り)大好き、古事記も大好き。勉強熱心で知識も豊富な、一本筋の通った“お祭り男”です。

自分を海の生き物に例えると?

「ワカメかな〜。ワカメって海流に身を委ねているけど根っこはしっかりしているでしょ。メカブの部分はガシッ!とへばりついて変わらず、葉っぱはしなやかに柔軟に流れに対応しているイメージ。僕が好きな言葉『不易流行』にピッタリですね」

変化しない本質的なものを忘れずに、かつ、新しいものを取り入れながら変化を重ねてゆく。ふるさと本来の良さを現代風にアレンジしながら生きていくスタイルが、海中で揺れているワカメの生き様に通じるとは…!このクリエイティブな解釈自体が冨樫流です。