“熱源”人材 - NETSUGEN JINZAI

山梨

海は美しく畏敬の念を抱くもの。

内陸から海を守る!マイクロプラスチック研究家

仲山 英之

HIDEYUKI NAKAYAMA

PROFILE
生年月日
1955年5月9日
主な活動エリア
山梨県内、東京、静岡などの河川
マイクロプラスチック問題に精通する自然環境学者。山梨県北杜市出身。
2021年春まで帝京科学大学の生命環境学部教授。陸域の河川におけるマイクロプラスチック汚染の実態を明らかにし、海への流出抑制について研究と啓発を続けてきた。退職後、現在は学生支援センターの非常勤講師として勤務しながらマイクロプラスチックに関する調査を継続中。

海洋“マイクロ”汚染は、上流から防ぐ!暮らし方で防ぐ!

生態系に悪影響を及ぼすとして世界中で問題視されている、海のマイクロプラスチック。
マイクロプラスチックと聞くと、海へ流れ込んだプラスチックごみが海の中で劣化して細かく砕けた(=マイクロ化した)もの…というイメージを抱く人、或いはそう思い込んでいる人が多いのかもしれません。

しかし、「果たしてそうだろうか?マイクロプラスチックは、河川の段階で既に発生しているのかもしれない」との仮説のもと調査を行い、海のない山梨県や長野県といった内陸県の河川でもマイクロプラスチック汚染が進んでいるという実態を明らかにしたのが、仲山さんです。

「プラスチックによる海洋汚染の研究者は1960年代からちらほら現れていましたが、マイクロプラスチックという言葉が出たのは2000年以降です。そして2017年頃からマイクロプラスチックの悪影響がメディアで盛んに報道され始めて、一般の人にも知られるようになりました。私が川での調査を始めたのは2018年頃ですが、当時は川を調べる研究者は少数派。陸域から流出しているマイクロプラスチックについては、まだ注目されていなかったんです」

(↑)山梨県丹波山村の丹波川(たばがわ。多摩川の源流)での調査風景

仲山さんの研究拠点、帝京科学大学の東京西キャンパスは、山梨県の上野原市にあります。
最初に調査したのは大学のすぐ近くの川。プランクトンネットで採取して赤外線吸収スペクトルで分析したところ、あっさりとマイクロプラスチックが確認されました。
「なんと、こんな身近な川で…」と驚いた仲山さんは、山梨県の広い範囲に調査を拡大。その結果、通常の水質検査では水質が良いとされる山梨県の河川でも、マイクロプラスチック汚染に関しては、都市部を流れる河川に匹敵する或いは上回るほどの汚染が進んでいるということが明らかに。
その後、同じく内陸の長野県でも調査したところ、千曲川、天竜川、犀川…どの川でもマイクロプラスチックが確認されたそうです。

海を漂うマイクロプラスチックのうち、陸域の河川でマイクロ化して海へ流れ込むものは、どのくらいの割合なのか。
汚染を抑制する効果的な対策を講じるために、仲山さんは、東京湾に流入する主要河川(多摩川、荒川、鶴見川、隅田川など)と、駿河湾(静岡県)に流入する富士川で、マイクロプラスチックの流出量を調べました。

(↑)隅田川で採取したマイクロプラスチック。マス目は5mm角

「調査の結果、東京湾へはマイクロプラスチックとして1日に約10kg、駿河湾へは富士川を通じて1日に約0.5kgが流れ込んでいるであろうことが分かりました。環境省の調査から概算される東京湾の定常マイクロプラスチック量を考えれば、これは無視できない数字です。よって、海のマイクロプラスチック汚染を防ぐためには、河川から流入する大きなプラスチックごみだけではなく、微小なマイクロプラスチックまで抑える施策が必要であると、2019年の第53回水環境学会年会で発表しました」

さらに仲山さんは、「河川にあるマイクロプラスチックの多くは、川に入る以前にマイクロ化している可能性が高い」と見ており、その発生源を明らかにすることが目下の最大の課題です。
マイクロプラスチックは発生源の特定が難しく、被覆肥料や人工芝といった分かりやすいもの3〜4種類しか明確には分からないのだとか。よって研究室では、いくつかの代表的プラスチック製品の劣化実験を行い、マイクロプラスチックが発生するまでの時間や、マイクロ化する大きさの限界等を調べて基礎情報を集めています。

特に注目しているのは、マイクロファイバー(超微小な合成繊維片)。河川で検出されたマイクロプラスチックの大半を占めるマイクロファイバーの発生源を調べ、その発生抑制方法の開発につなげるための研究に取り組んでいます。

「マイクロファイバーは化学繊維の衣類から洗濯の際に抜け落ち、処理工場の濾過システムを通過して川へ流れ出てしまうもので、主にPET(ポリエステルの一種、ポリエチレンテレフタレート)なので、水より重いため沈みます。深海5000mのプランクトンの体内からPETのマイクロファイバーが出てきたなんていう調査報告もあります。川にも多く存在し、とても厄介な存在です。また桂川ではPP(ポリプロピレン)のマイクロファイバーが多くて、この元はひょっとしたら農業資材かもしれません。発生源に応じて抑制策を考えていかないと」

例えば衣類であれば、洗濯での脱離率を減らすような衣類の開発や、洗濯の仕方(温度や洗剤、乾燥機を使うか使わないか等)などさまざまなアプローチ方法が考えられ、いま世界の繊維メーカーや洗剤メーカー、洗濯機メーカー等はマイクロファイバー汚染対策を考慮した商品開発を進めています。

仲山さんの研究室の学生が考えた“庶民的ナイスアイデア”は、洗濯機の排水ホースに取り付けるお手製のフィルター。3層構造になっている不織布マスクの外側の層を使ってオリジナルの洗濯機フィルターを作り、実験したところ、マイクロファイバーの流出を7割も抑制することができたんだとか。

「そのフィルターが商品開発につながるかどうかは分かりませんが(笑)、一般家庭でも実行可能という点は非常に良くて、発想としては正解です。イギリス、EUでも類似の研究は進んでいて、数年以内にフィルター付きの洗濯機しか売れなくなるでしょう。日本もきっとそうなるのでは」

(↑)山梨県甲府市の荒川(富士川支流)での調査。学生たちもフィールド調査に熱心

得られた調査結果やデータを、専門的な学会で発表するだけではなく広く山梨県民に伝えようと、地元メディアやNPOなど協力団体を巻き込みながら積極的に発信してきた仲山さん。その甲斐あって、「高校生や水道局の人、林業関係者からも関心が寄せられた」と、周知が進んでいることを実感しているそう。
また、2020年3月に内陸県で初めて策定された「山梨県プラスチックごみ等発生抑制計画」の内容にも、仲山さんの研究成果が生かされています。

「要は、私たちの日常の振る舞いが海洋プラスチック汚染に直接影響しているということ。たとえ海なし県であっても、生活レベルの地道な対策をしないといけません。その基本は、まず、使わなくてもよいプラスチックを限界まで減らすこと。そして使わざるを得ないプラスチックは確実に処理し、環境の中へ放出しないこと。この対策を確実に、しかも加速して取り組まなければ間に合わない。そのためには、信頼できる科学的データに基づいた情報を発信することが必要不可欠です。私はその面でこれからも貢献したい」

穏やかな口調の中にも「山梨から海を守る!」という気概をにじませる仲山さん。
内陸県で暮らす人々にも海への意識を根付かせる、熱いキーマンの一人に間違いありません。

★ 編集後記 ★ 実はこんな人!

山梨に移る前は学習院大学で理学部の基礎研究に勤しんでいたという仲山さん。帝京科学大学の東京西キャンパスで初めてフィールドワークに取り組み、ハマったそうです。

自分を海の生き物に例えると?

「プランクトンみたいでありたい。色んなものを支えている根源的な存在でありながら、たくさん集まらないとダメで、一個体ではどうにもならない。でも、その一個体がいなければ始まらない。そういう想いで、わたし個人の役割をきちんと果たしたいなと思っています」

プランクトンに個の存在意義を見て、自らの使命と重ねる…。
深いです、仲山先生!