“熱源”人材 - NETSUGEN JINZAI

宮崎

海は、命の源である水が天に戻るところ。

大淀川の“川づくり”第一人者

杉尾 哲

SATORU SUGIO

PROFILE
生年月日
1943年10月15日
主な活動エリア
宮崎県内
NPO法人大淀川流域ネットワーク代表理事。宮崎県宮崎市出身。
環境保全に取り組む住民団体の連携を図るため2004年に大淀川流域ネットワークを設立。土木環境工学が専門の工学博士で、2009年に宮崎大学を定年退職し同大学名誉教授。現在も応用生態工学会や国土交通省河川生態委員会など多くの団体に関わりながら、河川環境保全や川づくりに貢献している。大淀川流域ネットワークは2013年度、日本水環境学会の水環境文化賞を宮崎県の団体で初めて受賞。2014年度には国土交通省九州地方整備局により大淀川水系の河川協力団体に指定。

ふるさとの原体験を、未来の川づくりに繋げたい

大淀川は、都城盆地から宮崎平野を経て日向灘に注ぐ宮崎県最大の河川で、その流域には約58万人が暮らしています。
かつては清流として知られましたが、1950年代から水質悪化が進み、ついに1991年には国土交通省の水質調査でよもやの九州ワースト1に!

河川の汚染は海の汚染にも直結し、人々の暮らしにも大きく影響する大問題です。その状況に歯止めをかけようと、2004年に多くの団体が一致団結して発足したのが、大淀川流域ネットワーク。以来、杉尾さんはその代表として、大淀川の浄化と水辺の環境保全、ふるさとの川への愛と感謝を育む環境教育や啓発活動に、精力的に取り組み続けています。

「大淀川は子どもの頃から遊び場でした。山で伐ってきた竹に木綿糸でミミズをくくりつけてボラを釣ったり、川に入ってシジミを採ったりしてね。当時は学校にプールが無くて、体育の授業は川で泳いでいたんです。とにかく身近な存在でしたよ」

大淀川は、原体験そのもの。杉尾さんをはじめ多くの住民にとって、川はふるさとの象徴とも言えるものでした。

「その大淀川が、上流域の工場の廃液等で汚染され、ついには九州の20河川で汚濁度が最悪だと明らかになったもんだから大騒ぎです。これを機に何とかせねばという気運が高まり、1993年に開催されたのが『大淀川サミット』。当時の16市町村の住民・事業者・行政関係者が集まって、川の水質改善に取り組み始めました。さらに次の大きな契機が、1997年の河川法の改正です。もともと治水と利水だけを目的に作られた河川法に、初めて環境保全の視点が盛り込まれました。私はもともと土木が専門でしたが、この改正を機に河川の環境や生物多様性、つまり『生き物に配慮した川づくり』を勉強するようになりました」

(↑)砂州に生える絶滅危惧種タコノアシの保全活動。ヨシを刈って日当たりを良くする

その後、全国各地で環境系NPO法人が相次いで設立され、宮崎県でも2004年に大淀川流域ネットワークが発足。杉尾さんは当時まだ大学教授として勤めていましたが、土木技術に精通し、かつ国交省や県との人脈、各団体との繋がりが濃いキーマンとして、連携の旗振り役に立つことになりました。

ネットワーク設立後は、宮崎市と共催で「大淀川環境大学」という大人も子どもも対象とした講座を流域4会場で実施するなど、啓発活動を本格化。また2005年には宮崎県と協働で、五感を使って水辺の環境を調べる宮崎県独自の指標を開発しました。

この指標は、野鳥のさえずりや虫の鳴き声といった水辺の音、ワンド(=湾処。川の周りの池のような部分)や砂州の風景、水の匂いや透明度、水生生物の生息状況など6項目を4段階で判定するもので、小中学生にも分かりやすいのが特徴です。子ども用の調査と記録のしおりや指導者用マニュアルを作成したことで、大淀川流域に留まらず県内各地の学習会や水辺調査会などで使われています。

(↑)子どもたちによる水辺調査の様子

そして2014年、大淀川下流域の両岸の河川敷と堤防、約34㎞を14区間に分けてごみ拾いする大規模な清掃活動「大淀川クリーンアップ」を実施。川を大切にする意識を育むだけでなく、大量のプラスチックごみが海へ流入する前に川で防ぐことの意義を伝える場として企画しました。
杉尾さんたちの呼びかけに応じた企業や行政、学校関係や流域住民らが参加し、初年度から650名を超える人が集まったそうです。

「毎年7月の河川愛護月間に合わせて行うことに決め、現在も続いています。地元の銀行や電力会社、経済団体や学校などをうまく巻き込めたこともあり、参加者は年々増えて世代も拡大しています。2020年はコロナ禍の中ではありましたが1000人近くのボランティアが集まりました。毎年、夏前にはこの辺りの100円均一ショップから火バサミが消えるんです。私たちがクリーンアップ参加者用に買い漁るので(笑)」

(↑)クリーンアップでの記念撮影。左から二人目が杉尾さん

清掃や水質調査のほか、県内外の技術者等を対象に「水辺の工法研修会」を年4回行うなど人材育成に積極的な大淀川流域ネットワークですが、子どもや親子を対象とした体験学習イベントも活動の大きな柱としています。
カヌー体験やEボート(10人乗りの手漕ぎゴムボート)での水辺観察、親子ウオーキングや河川敷の植物観察などいずれも好評で、中でも内水面漁協の協力で実現した「ウナギつかみ」(子ども限定)は大人気なんだとか。

「私がいま大淀川のために頑張れる原動力は、やっぱり子どもの頃の体験なんです。川で思いっきり遊んだ経験があるから、守っていきたいという意識も生まれるし、あの原風景を残したいと思う。今の子どもたちにもそんな体験をしてほしくて、いろいろとやっています。親御さんの世代でもそういう原体験をもたない人が多いはずですから、親子で参加できるイベントも大切だと考えています」

(↑)子どもたち大興奮のカヌー体験

(↑)大人から本気の応援が飛び交う「ウナギつかみ」

官民による長年の努力の成果があらわれ、河川の水質汚濁を示す指標であるBOD(生物化学的酸素要求量)は、ほぼすべての調査箇所で環境基準を達成し、大淀川の水質は元通りとは言わないまでも改善傾向にあります。

「流域の皆さんの意識が変わり、自然環境に対する子どもたちの関心が高まったのを実感できて嬉しいです。今思うのは、これからは水質を良くするだけではなく、自然環境と人間の営みとの調和を図れるような川づくりをしていきたいということ。川自体の保全に加えて、その川が地域の人と繋がっていることがとても大切です。川の環境と流域の暮らしも含めて丸ごと自然豊かであるために、住民が川をどう思っているか、どうありたいかをモニタリングしていくことも重要です。そして住民や団体、研究機関などが想いを共有し、よりいっそう連携していけたらいいですね」

毎年恒例の「大淀川クリーンアップ」は2021年度から、上流域で活動するNPO法人「都城大淀川サミット」と合同で、流域全体をカバーしてさらに大規模に実施することが予定されています。また今後は、海のマイクロプラスチックごみ問題やSDGsとの関わりを絡めて発信していくことを決めたそうです。

「そのほうが、川の浄化を目指すこの活動と海とのつながりを意識しやすくなり、呼びかけもしやすい。普段川に関わる仕事をしていない人や、川の原体験が無い世代にも関心を持ってもらいやすいだろうと期待しています。やりたいことが多くて事業がどんどん増え、規模も大きくなっちゃって大変なんですが(笑)、その名の通り私たちは『ネットワーク』で、多くの人が動くおかげで色んなことが出来るから、とても幸せです。川も海も、ふるさと宮崎の自然環境を未来永劫、みんなの力で残していきたいですね」

★ 編集後記 ★ 実はこんな人!

砂州に生えるタコノアシの保全活動にも熱心で、しばしば様子を見に行っているそう。「やること多くて忙しいけど、川の現場にはよく行きます。だからストレスもたまらないのかな〜」と笑う杉尾さん。現場主義がモットーです!

自分を海の生き物に例えると?

「アマモ。アマモって産卵場だったり生育場だったり、生き物を育む場所なんです。私はそういう役目なんじゃないかな。頑張る人、未来をつくっていく人に、良い環境のねぐらを整えてあげたいですね」

どーんと構え、ネットワークを束ねる“要”であり続ける杉尾先生。
確かに、生態系を支えながら海を浄化する働きもあるアマモと通じるところがあります!